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モニターに映し出されているのは、二人の皇族が通路を歩く姿だった。 ルルーシュが移動する際には、必ず人形のように美しく着飾った妹姫ナナリーが傍にいた。囚われの身ではあるが、皇族としてのプライドもあり、胸を張り気丈にふるまっているが、その表情は暗く、全てに絶望し、希望を無くしていているようにも見えた。 なにせ、ルルーシュにとってナナリーは長年憎み続けていた相手だ。モニターのない部屋で、どのような仕打ちをしているか解らない。どのような屈辱の中にいるのか、どれほどの苦しみの中にいるのか、想像すらできなかった。 それでも時折その瞳に生気が戻り、ルルーシュの命令に反抗し、時には僅かな反抗ではあるが、移動せずにその場に立ち尽くす事もあったが、その時はあの長く美しい髪を鷲掴み、痛がるナナリーを無視して歩くルルーシュの姿が世界に流れる。 妹を引きずる兄の顔には、残酷なほど美しい笑みが浮かんでおり、心の底から妹のの悲鳴を楽しんでいるように見えた。 ナナリー・ヴィ・ブリタニア。 最近まで世間にはあまり知られていなかった彼女は、文武両道を兼ね備え、ユーフェミアと同じく慈愛の姫と呼ばれるほど、心優しく穏やかな人物だった。 最近では、第一皇子オデュッセウスの名前で隠れているが、ブリタニア代表として首脳会談に参加するほどで、シャルル皇帝が次期皇帝にナナリーを、という言葉からもわかるように、為政者としての才能にあふれた人物だといえよう。 そんな天才と日々比べられていた愚鈍な兄が、現在の皇帝ルルーシュなのだ。 眩いほどの脚光を浴び、褒め称えられる妹と、無能と呼ばれ蔑まれる兄。 ルルーシュが妹を嫌い、憎んでいた事はそれだけで察するにあまりある。 だから、最初妹姫を傍に置くのは、今までの恨みからかと思われていたが、彼女の才能が知れ渡るに従い、ルルーシュ皇帝は妹姫を恐れているのではと噂されるようになっていた。 ただ、恨みを晴らすだけならば、手元に置く必要など無い。 という事は、彼女を手放すのが怖いのだ。 悪の申し子と呼べる自分とは真逆の妹が怖いのだ。 自分とは違い、人々に慕われ、愛される妹が怖いのだ。 ルルーシュは、ナナリーが人々の手に戻るのを恐れているのだ。 そのため、必ずナナリーを常に連れ歩いているのだと。 やがて、彼女の過去の映像が掘り出され、密かにネット上で流された。 それは、世界を思い、柔らかに微笑むナナリー皇女殿下の姿。 「世界は悲しみに満ちています。侵略戦争という罪をブリタニアは犯し、今も多くの人々を苦しめています。私は、争いを恨み、憎んでいます。私の願いは争いの無い、平和な世界が訪れる事。武力ではなく話し合いで解決できる世界を作ること。私は知っています。世界はもっと優しくなれるのだと。力のある者が、力の無い者に手を差し出す。そんな世界になれるのだと。こんなことを口にしても、夢物語だと笑われるかもしれませんね。ですが、その夢を実現するために、私は数多くのことを学びたいと思っているのです」 恥ずかしそうに頬を染め笑う姿は、未来への希望にみち溢れていた。 戦争の無い平和な世界。 人々が手を差しのべあう優しい世界。 ルルーシュとは真逆の存在。 すさんだ人々の心に、その言葉は沁み渡り、どうにかルルーシュの、悪逆皇帝の手からナナリー皇女殿下を救いだせないかと、どうか優しい賢帝を御救いくださいと人々は神に祈った。 「いいわね、みんな」 マリアンヌは固い口調で行った。 彼女がいる場所はアリエスの離宮でも、執務室でもなく、狭いコックピットの中だった。服装もいつものドレスではなく、かつて身に纏っていたナイトオブラウンズの騎士服。いつも下ろしていた長く美しい黒髪も結いあげ、動きやすい姿となっていた。 ブリタニアの皇妃としてではなく、ナナリーの母としてでもなく、前皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの騎士としてマリアンヌはそこにいた。 奪われた国を、新たな皇帝ナナリーを救い出すため、そして悪逆皇帝を討ち取るためにブリタニアが誇る最強の騎士たちは全員この場に集結していた。 この日のために、全ての準備は終えている。 『はっ、全て準備はととのっております、マリアンヌ様』 ヴィスマルクの言葉に、マリアンヌは晴れぬ表情で返事を返した。 「忘れないで、ルルーシュは必ず、殺すのよ」 まだ僅かなためらいがあるのだろう。どれだけ非常な相手でも、自分のお腹を痛めこの世に産み落とした愛する息子なのだから。 『『『イエス、ユアハイネス』』』 ラウンズ達の声が響く。だが、その中に一人だけ声が混ざっていなかった。 解っていた事だ、最後までこの作戦を拒絶していたのだから。 でもここでまだ拒絶するならば連れて行く事は出来ない。 「いいわね、スザク君。ルルーシュを必ず・・・鉄の棺に納めなさい」 入ったら二度と出られない死の棺に。 『・・・イエス、ユアハイネス』 苦しげに、絞り出す様に、返礼が返された。 |